三栄書房「GP Car ストーリー Vol.8 Benetton B192」

1992年のF1グランプリにミハエル・シューマッハー、マーティン・ブランドルのドライビングで出走したベネトンB192を解説する一冊です。


鮮烈なカラーリングと特異なノーズデザインで、このマシンを記憶しているファンも多いことでしょう。ティレル019と並んでF1マシンのハイノーズ化、現在に至る空力制御の先鞭をつけた記念碑的な一台でもあります。


“コルセア・ウィング”と称されたティレルの形状とは違いシンプルな吊り下げ式にまとめたベネトンのデザインはフロントウィングダウンフォースを損なうことなく、以後のF1デザインのトレンドを勝ち得ます。ベネトンのハイノーズマシンとしては前作B191に続く二代目の、しかしジョン・バーナードが設計したB191がベネトンF1としては異端な存在であった故に、ロリー・バーンによる本車はベネトンF1としては正常進化の流れに乗った存在なのです。「正常進化」って90年代のF1でよく聞いたフレーズです。


その独特なノーズはイエローのカラーリングともあいまって「バナナノーズ」と当時呼称されていました。やや持ち上がった側面のラインはある種のサメのような形状でもあり、果敢な走りを見せていたことを思い出させます。90年代のフジテレビでF1中継に熱狂していた方ならば、決して忘れえぬ存在。


ハイパワーなエンジンに加えて「ハイテク化」が著しかった当時のF1GPのなかで、B192は軽量小型のフォード・コスワースHB V8エンジンとシンプルな構造を有し、高い信頼性を誇って優勝こそベルギーGPの一度のみながら出場16戦全てでポイントを獲得しフェラーリを押さえてベネトンコンストラクターズ3位の地位をもたらし、その後の黄金時代の扉を開いたマシンでもあります。この年のフェラーリF1マシンがある意味歴史に残る「F92A」であったことはさておき。いや、かっこいいのよF92A。


テクニカルディレクター。ロス・ブラウンを始めとする当時のベネトンチームのスタッフインタビューは本書いちばんの読みどころと言えるかも知れません。様々な立場から当時のチーム内情やドライバーへの評価などが語られ大変興味深い内容です。最も興味深いのは当時イタリアン・セクシー中年オヤジの代表格みたいだったフラビオ・ブリアトーレがなんだか和田勉みたいなお爺さんになっちゃってることであーいまのひとは和田勉って知らないかなあ。90年代にはよくテレビに出てたんですよ。まあともかく、なにもかもみな懐かしい。


F1でタバコ広告の規制が始まった時期でもあり、当時の世相を反映させるディティールも散見されます。ディティールメインの本ではないのですが、模型製作資料となる各GPごとの変遷についても(簡単なかたちで)まとめられています。


タミヤの1/20キットの製作ページもあります。この年のタミヤのF1キットと言えばチャンピオンマシンのウイリアムズFW14B、チャンピオンマシンだけに1/12スケールの豪華キットが発売され、スタンダードな1/20スケールではB192がリリースされました。このキット選定は無論92年シーズンでの好成績を受けてのことですが、その後長年にわたってスタンダードモデルとしての人気を得たのはやはり「ミハエル・シューマッハのF1」であったことが大きいでしょう。


1991年のベルギーGPにジョーダンチームからF1デビューを果たした驚異の新人ミハエル・シューマッハは電撃的トレードでベネトンへと移籍し、92年シーズン当初に契約問題が発生しながらも無事出場、F1デビューから一年となる1992年ベルギーGPで初の優勝を遂げています。この年はわずか一勝ながらも全戦合計53ポイントを獲得してドライバーズランキング三位を獲得してその才能をみせつけました。B192とシューマッハはよほど相性が良かったようで、この写真でも判るとおりマシンノーズとアゴのラインは完全に一致。


初優勝したベルギーGPの模様はピットとの無線交信が掲載されて当時のスリリングな状況が再現されます。先頭を行く僚友マーティン・ブランドルの状況を敏感に察知してウエットからスリックへの的確で素早いタイヤ交換、冷静なドライビングとフィニッシュ直後の一転した興奮と、若き天才の天才ぶりと若さとが存分に味わえる、ここもまた読み応えのあるページです。


若さはつまりアグレッシブであり、同時に粗削りでもある。デビュー直後のアイルトン・セナとの確執もまた多くの人の記憶に留められるものでしょう。かつて若き日のセナが同じように危険性を指摘され、そしてそれを意に介さない自信に満ちた若者であったことを考えると、このふたりは実によく似ています。共に王座を得て、そして事故にと……


同僚ブランドル、また同時代のライバルジョニー・ハーバーへのインタビューはのちに「皇帝」とも呼ばれるこの天才の若き日の姿を鮮やかに蘇らせます。トップドライバーの常として決して人好きのする性格だけではなく、だからこそのチャンピオンともいえるのかも知れません、いずれにせよベネトンB192について本を著せばそれはミハエル・シューマッハについて語る内容となるものです。スキー事故から回復して本人の目からみた時には、B192はどのようなマシン像として語られるのでしょうか?それもまた、望んでみたいものですね。


本書は無論ベネトンB192に関するモノグラフではありますが、そこに止まらずに広く90年代F1グランプリの空気を色濃く感じさせるものです。もしもシューマッハが1991年にジョーダンチームに残留していたら、その後の運命はどうなっていたことだろう。そんな問いかけも記されています。


そうね、どうなっていたでしょうね。


そりゃもちろんロベルト・モレノが「皇帝」になってたに決まってるぢゃないか!!

そんな世界線があってもよかった、それが90年代……

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