大日本絵画「スピットファイアMkVのエース 1941-1945」

イギリス空軍のみならず第二次世界大戦のレシプロ戦闘機を代表する機体のひとつ、スーパーマリン・スピットファイアオスプレイ軍用機シリーズNo.34は戦争の全期間を通じて生産配備された機体の中から、シリーズ最多の製造機数と幅広い使用実績をもつMkVだけにスポットをあてた濃厚な一冊です。

いわゆるバトル・オブ・ブリテンを戦ったスピットファイアMkI/MkIIの発展後継機としてMkVは生まれました。改良案として当初は機体の設計、生産ラインまでを変更するMkIII、さらにロールスロイスグリフォン”を搭載するMkIVが提案されましたが、どちらの機体案も配備までに時間を要することからあくまで機体はMkI/MkIIの基本構造を保ちつつ、エンジンのみを新型の“マーリン45”に積み替えた折衝案、いわば一時しのぎ的な機体として1941年中盤に配備された機体がスピットファイアMkVです。


そのような開発過程であったにも関わらず、MkVの性能は要求仕様に十分合致し、当時ドイツ空軍に配備されていた新型戦闘機メッサーシュミットBf109F型に匹敵するものでした。本国での防空だけではなく欧州大陸への攻勢、地中海やアフリカへの派遣と任務や活動範囲は広がり、それに伴って様々な改良も施されます。7.7ミリ機銃8丁装備のAウイングを持つVAと20ミリ機関砲2門+7.7ミリ機銃4丁のBウイング仕様VBに引き続き、装備を任意に設定できるCウイング(ユニバーサルウイング)を備えたVCの開発は大量生産に輪をかけました。後継機となるMkIXが登場した後でもMkVは低高度向けの戦闘任務機LFVとして生まれ変わり、運用が続けられました。


「サーカス」「ラムロッド」と名付けられた一連の北西ヨーロッパでの戦闘任務に続いて、本書の記述は包囲下にあったマルタ島での防空戦闘に一章が割かれています。ドイツ空軍が航空優勢を保持していたこの地域には輸送船による通常の移送が不可能であり、海軍の航空母艦イーグルに空軍機のスピットファイアを搭載して接近、発進の後マルタ島空域へ強行突入、そのまま着陸して防空任務に就くという航空冒険小説さながらの「スポッター」作戦が敢行されました。搭載機数が少なく飛行甲板も狭いイギリス空母からスピットファイアが飛び立つさまは、見るからに不安を誘う…


漸く配備された機体も激しい攻防戦の中ですぐさま消耗し、空母イーグルが損傷するに及んでマルタ島の危機はピークに達しました。そんな時に救いの手を差し伸べたのはやはり強力な同盟国のアメリカです。より大型の航空母艦ワスプを投入したスピットファイア輸送作戦「カレンダー」は参加要員デニス・バーナム大尉の著書から長文を引用して戦場の空気、雰囲気といったものを実戦さながらに記述しています。強行着陸後即座に弾薬補充、パイロット交代でそのまま迎撃戦闘に参加とまるで活劇。マンガのようだが無論事実である。カレンダー作戦の後、ようやくマルタ島の優位は守られます。今回もまたスピットファイアは救国の戦闘機となったのです。これは単にひとつの島を巡る戦いではなく、地中海の制海権、ひいては北アフリカ戦線のドイツアフリカ軍団への補給路を制圧する重大な責務をもった戦いでした。


マルタ島関連の記述は本書でかなりのボリュームを占めています。引き続きこの島での防空戦闘に従事したリード・ティリー少尉による手記が抜粋され「あるマルタ島エースの戦術」として一章が設けられています。アメリカ人でありながら日米開戦以前にカナダ経由でイギリス空軍に参加(恋愛映画「パールハーバー」の主人公みたいですね)したティリー少尉による、新人パイロット教育用の「論文」として書かれたこの章の記述は単にマルタ島だけではなく、第二次世界大戦における標準的な米英空軍戦闘飛行小隊の編隊戦術教本として実に読み応えのあるものです。特に無線機を使用した通信について細かく説明されていて、曰く「無線電話での伝言の前やうしろによく入れる気まぐれな冗談は、すべて忘れること」「伝言は即座に、正確に言わなくてはならない」「確実に友人を失い、敵を助ける方法がひとつある。決定的な瞬間にパニックに陥って無線電話にわめいてしまうことだ“危ない!109が後ろにいる!”などと(略)コールサインが呼ばれなければ、すべての飛行隊のすべてのパイロットは自動的に反応する」

なるほど、現実はマンガのようにも映画のようには、ましてや富野由悠季のアニメのようにはいかないという教訓ですね。


その後も本書はアフリカ戦線、太平洋やソビエトといった遠隔地でのスピットファイアの戦いを記述しています。さまざまな事情が関連しながらも、結果としてオーストラリア・東南アジア戦域でのスピットファイアMkVは有効に活躍出来ず戦果もそれほど挙げていません。記述としては地味ながらも、本書のこのパートでは日本側の研究と相互に参照し、記録としては精度の高い内容となっています。オスプレイ軍用機シリーズの中でも読み応えのある一冊だと言えましょう。


いつもの機体カラー・イラストから。まずは僅か2個だけが編成されたスピットファイア夜戦部隊のひとつ、第111飛行隊のJU-H。この部隊が夜間戦闘任務に就いていた間に起きた唯一の実戦出動が真昼間だったという冗談みたいな顛末はどうぞ本文をお読みください。カレンダー作戦でマルタ島に運搬されたBR112/Xは熱帯向け迷彩塗装の上から海面上での低視認性を高めるブルーで上塗りがされています。


本文中での記述は僅かなものながら、失敗に終わったディエップ奇襲のジュビリー作戦に従事したAA853/C-WXには本作戦参加機独特の機首部識別塗装が施されています。後のノルマンディー上陸作戦における、いわゆるインベイジョンストライプの先駆けとして興味深いパターンです。BR114/Bは北アフリカでドイツの高高度偵察機Ju86Pを攻撃するために特別な改良と徹底した軽量化を施された成層圏戦闘機であり、本機の運用もまたなんだか松本零士の戦場マンガシリーズみたいですようむうむ。


以前に大日本絵画がエアロ・ディテールのシリーズを積極的に展開していた時期に、スピットファイアは同一シリーズで3巻もの書籍が刊行されていました。それだけバリエーションが多いのですが、やけに人気が高い機体だなーといささか不思議に感じたのもまた事実。今回本書を読んでみてその人気の一端に触れたような気がします。こりゃ燃えますわなあー。


マンガの「0戦はやと」にスピットファイアが出てきたのも別に間違ってなかったんだなーと、記憶を訂正する(話が古すぎる)

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