大日本絵画「上海海軍特別陸戦隊 写真集」

気がついたら年が明けてからこっち日本軍か自衛隊関連のものばかり取り上げている。じゃあ続けてやってしまへ。
と、いうわけで吉川和範氏編著による上海陸戦隊写真集です。
以前「伊太利堂」名義で吉川氏個人の私家版として頒布されていた2冊の著作を合本、版型を大型化し収録写真も増補され一層の内容充実をはかったものです。一般刊行書籍となることで流通も安定化し、以前からの同人誌版を所有されている方であっても、より鮮明になった写真や掘り下げられたキャプションから新たな情報を入手することが可能でしょう。


列強諸国の中国大陸進出拠点として西欧文化が流入した上海は20世紀初頭には一大国際都市としての繁栄を誇っていました。しかしながら別名を「東洋の魔都」とも呼ばれるこの都市は各国の権謀術数が蠢く場でもあり、治外法権の外国人居留地である「租界」の治安維持・居留民保護のために各国がそれぞれに置いた警備組織の中でもとりわけ大きな存在となったものが日本海軍の「上海海軍特別陸戦隊」。その約10年間にわたる活動記録から厳選されたフォトによる写真集です。


当ブログで以前に同人誌版を取り上げた際には末尾に(冗談ながら)ビッカーズ・クロスレイ装甲車がインジェクションキット化されないものだろうかと書いたように思いますが、同車はその後本当にピットロードからキット化されていやはや、驚いたのなんの(笑)今回の版ではA4フルサイズの写真もあり、詳細なディティールを鮮明に観察することができます。


クロスレイ装甲車のフォトは豊富に掲載され、平時の警備活動や2度の上海事変に於ける戦闘中の状況のみならず「漢口陸戦隊」として分派された際の撮影や陸軍が満州で使用している車両も含まれます。陸軍の個体は戦車と同様の迷彩塗装がなされ海軍車両のソリッド式とは異なるチューブ式のタイヤを持つなど興味深い点があり、模型化すると見栄えしそうではありますが……


組織の拡大に合わせるかのように急速に変貌を遂げる兵員各自の被服・装備品が変化していく様は非常に興味深いものです。初期は水兵服に英国式の皿型ヘルメット(白塗り)であったものが、


後には濃緑の陸戦服、国産の鉄帽へと変化する。人物の写真も実戦場のインアクションから集合記念写真、個人のスナップなど様々な性格をもつフォトが幹部将校から下士兵卒に至るまで数多く収録されています。


駐屯当初、仮隊舎の門前に立つ麦わら帽と水兵服の衛兵やハンマー片手に車廠でおどける整備兵のフォトには「旧日本軍」のイメージからはなかなか浮かびあがって来ないユーモラスな一面も見受けられます。


とはいえ無論上海特別陸戦隊の本質は戦闘部隊であり、ベルグマン機関短銃や120ミリクラスの(?)重迫撃砲などの輸入火器、八九式中戦車やスミダ装甲車といった新鋭の国産機甲車両など国内外からの優秀な兵器を数多く備えた往時の日本軍でも有数の戦闘能力を誇る組織です。その側面は本書内容から色濃く伝わります。


「コカコーラ」の中国語看板を前に交差点を占拠するクロスレイ装甲車と陸戦隊員の様子をとらえた写真は、そのエキゾチックさの魅力も相まってか着色絵葉書の図案にも採用されています。いまならディオラマ向けにぴったり!と、言うだけなら簡単なので言ってしまおう。この本は実にディオラマ向け、ネタ元として広く活用できる資料集なのです。いやまあ、実際作るのは…色々と大変でしょうが……


考えてみれば車両関連は充実している最近のキット状況、問題となるのはやはりフィギュアの品不足でしょうか。しかし車両関連でも八九式中戦車が市街戦に対応して尾橇を外していたり九四式六輪自動貨車はグリルに防寒カバーを被せていたりと注意すべきポイントが多々見受けられ、単品車両派のモデラー諸氏にも参考になることは請け合いなのです。


四一式山砲は砲兵仕様のものが使われている様子で、市街地での直射火器としての用法や防護陣地の設営状況のみならず、陸戦隊本部屋上からの射撃では防盾を取り外していることに注意。分解と人力搬送が可能で軽便さと頑強さを併せ持つ山砲は、機関砲と並んで市街戦にも有用な支援火器だったことが伺えます。


このようにキット化されたもの、予定されているもののフォトを色々見ていると、カーデンロイド装甲車もどこかで出してくれないものかってなことを思わざるを得ないんだぜ?脇役として栄える小さな車両、バリエーションも豊富で、同じ陸戦隊でも横須賀に配備されていた車両(右)は上海の個体とは機銃周辺が異なるのですね。マイナーな車両かも知れませぬが、いまなら見た目の可愛らしさでイケる!かも知れない…無理かな……


趣味と模型的要素から主に車両や火砲関連の画像を上げていますが、この本から感じ取れるのは翻弄される上海の姿そのものなのかも知れません。ページをめくるにつれて冒頭にあったようなどこか牧歌的な印象は薄れ、硝煙や瓦礫が増していくような印象を受けます。本書の記録は1937(昭和12)年第二次上海事変の時までとなりますが、その後上海特別陸戦隊は同地に駐屯を続け、日本海軍に於ける常設陸戦部隊として終戦まで重要な位置を占めました。


当時は絵葉書の図案として非常にポピュラーな存在だった人工着色写真が多く掲載されているのも本書の特徴です。ここでもクロスレイ装甲車はよく取り上げられていたようで、海軍9両陸軍3両の都合12両のみ配備されていた車両としては一般社会にも広く知られる存在でした。これは断言しちゃってもよいことでしょう。なぜなら、


この通り「のらくろ」にもハッキリと描かれているのだ。田河水泡のらくろ上等兵」講談社刊より引用)


あ、そこ、「のらくろなら陸軍所属の車両で海軍陸戦隊関係無くね?」とか本当のことをゆわないよーに!珍しく実車が特定できるコマなんで、何かの機会に無理矢理紹介しようと前から狙ってたんだから(w


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